プロローグ
居酒屋の厨房では、智樹が慣れた手つきでフライパンを振っている
一方、ホールのフロアでは宏がテーブルの注文をさばきながら、ふとため息をついた
「今日も暇だな…」
「だねぇ…」と厨房から返事が返ってくる
休憩時間、二人は店の外でタバコを吸いながら雑談していた
「このバイト暇だから楽なんだけど、心配になるよな、大丈夫かよって」
「ああ、そうだなー」
突然、智樹がパチスロの話を切り出す
「そういやさ、ネットで見たんだけど、モンキーターンVが面白いらしいぜ」
「へー」興味がないと言わんばかりに愛想のない返事をする宏
智樹に誘われて一度行った事があるが、苦い記憶しか残っていない
ふたたび智樹が畳みかけるように、話を進める
「俺も詳しくは知らんけど、おやじが言うには、今大人気なんだとよ」
こいつの親父もパチスロ狂だ、この間も親父さんと二人でガッツリ
やられ、泣きながら俺の所に高いヤクルトを持って来た
「それでな、こないだ行ったパチ屋で増台されるんだモンキーターンVが」
智樹は少し興奮気味に話す
「しかも明後日が、増台日なんだよ。しかも7日だぞ、やべーだろ!」
何がヤベーのか、ヤベーのはお前の頭の中じゃないのかと思いながら、
また愛想のない返答をする
「いや、増台は何となく分かったけど、7日がどうしたんだよ」
「イベントだよ!イベント、昔から7の付く日は激熱って相場が決まってんだよ!」
なるほど、イベントってのがあるんだ…それはちょっと興味深いな、一瞬宏の目が
キラッと光り、さっきまでとは裏腹に興味津々で聞き返す
「なあ、そのイベントって出んのかよ」
智樹はすかさず答える
「出るに決まってんだろ!、イベントだぞ!増台だぞ!ダブルだぞ
出ない理由が見つかんねわー」
結局、智樹と打ちに行くことにした宏、実は単純だった
イベント当日
二人は朝から並んで「モンキーターンV」を狙いに行く
イベントと増台が重なった日、当たり前だが人で溢れかえり、
300人は居ようかという行列が出来ている
息を呑みながら列に並んでその時を待つ、狙い台が取れなければ即お帰りコースだ
宏の順番がやって来た、まるで核の発射ボタンでも押すかのように震えている
智樹は隣の抽選台でさっさとボタンを押して、「うぇーい1番だぜ」と喜んでいる
意を決して抽選ボタンを押す宏、結果は心配をよそに5番だった
「もしかして、今日は行ける日なのか!?」思わず声が溢れてしまった
狙い通りモンキーターンが取れた二人
智樹は角台を選択、宏はその隣に仲良く座った
台に座った瞬間から二人の鼓動が速くなる
最初に当たったのは宏の台だった、投資はわずか3000円
スロット初心者の彼にとっては、計数が増えていくだけでも心臓が跳ねる
「おっ…なんか当たった? え、これでいいのか?」
ド素人な戸惑いをよそに、メダルのカウントはみるみる伸びていく
興奮と不安が入り混じった声を漏らす宏に、智樹は「まだこれからだろ」と笑い返した
しばらくは何も無かった智樹の台が騒がしくなる
レバーを叩くたびに液晶が派手に光り、モーター音のような効果音がホールに響きわたる
「うおっ、AT入った!」
智樹の台が一気にざわめき、横で見ていた宏も思わず身を乗り出す
朝イチ、智樹の台はいきなり牙をむいた
「うおっ、青島シナリオ来た!」
一発目からぶち込んで一気に差枚2500枚を超え、さらに途中でフリーズが炸裂、もう何処まで行くか分からない状態
「マジかよ……設定入ってんじゃね?」
宏は呆気にとられながら、自分の台を回し続ける
智樹の投資はわずか6000円
昼過ぎには計数表示が5000枚を超え、当然だという顔をしていた
一方の宏も、早い当たりを繰り返し、気が付けば計数は1500枚になっていた
「いやー、スマスロってマジで出るんだな…」
しかしその後が地獄だった
智樹の台は昼を境に“ミミズ挙動”に突入。500枚出ては減り、出ては戻り……計数表示はほぼ水平のまま3時間
「いや、これ……絶対ミミズって存在するだろ」
「お前まだやめねぇの?もういいだろ」
「示唆B出てんだよ!やめらんねぇって!」
結局、5300枚でなんとか終了
出玉はほとんど増えも減りもせず、智樹は疲れた顔でカードを抜いた
それでも結果は大勝ち
「やべぇ、今日だけで10万勝ち!」
宏もじわじわと増やし、結果は2500枚まで伸びていた
「俺も5万近く勝ったわ。……なんかよく分かんねぇけど、面白かったな」
二人は換金所を出て、夕暮れの街を歩きながらタバコに火をつける
いつもより厚い財布を見て、自然と笑みがこぼれる
「なぁ、この金、競艇に突っ込んでみねぇ?」


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